きょうこのことを思う

現在の経済成長は

安い労働力を使って製品を大量生産することで生まれてきた。

はじめは、日本人も安い賃金で働いた。

日本が豊かになってからは、

日本より物価の安い国で

これまでと同じように大量生産。

そういう国も豊かになってからは…

どこが低賃金労働力を引き受けるというのだ。



だから、現行のシステムがある以上

必ず誰かが安い賃金で使われるもの。

この世の中は、必ず誰かが苦しんだり

損をしたりするようにできている。

古代ギリシアの民主主義だって、

実際はその恩恵に預かれない奴隷に

支えられていたんでしょう?



しかし、そのやり方では

もう行き詰まりが見えつつある。



大量生産・拡大路線という方針には、資源という限界が。

賃金の安い国に作らせる方針では、そういった国がやがてなくなるという限界が。

早く方向転換しないと、取り返しがつかなくなるのでは…?

「たくさん、安く」ではなく、

「ホンモノだけを」生み出す。

そういう方向に向かっていかなければならないのではないか。


いろんな政策から、戦争のにおいを感じ取る。
安保だけではない。
むしろ、それ自体では戦争のにおいはしないから怖い。

「一億総活躍社会」と銘打ち、女性が外で働くことを推奨する。
これまでの歴史の中で振り返ると、 ことごとく「戦争中」。
基本的に女性の労働は、家の中あるいは家に密着したことだった。
もちろん、外で力を試したい人に門戸を開いたのはいいことではあるけれど、
そうでもない人まで、政府が駆り出そうとすることが怪しい。

今日もまた、新しく道路が作られる。
確かに、政治家の勢力争いの武器が道路だというけれど、
特定の予算について「削減する」という案を財務省で出す中で、
(実現されるかどうかは別として)
道路を作る予算を削るという話を、私は聞いたことがない。
(聞いたことがあるという方、コメント欄でお知らせください。)
道路が作られるということは、
日本中に人間や物資を運べるようになるということ。
…もっとも、これは、私ではなく、他の人が言ったことだが。

日本において長時間労働が解消されないのも、
本当は、企業のみならず国家としても都合がいいからかも。
経済発展という面だけではなくて、
朝昼晩、土日祝関係なく働く習慣が身についていれば、
いつでも、どんな状況でも駆り出せる。

もしかしたら、18歳を成人とする流れだって、
国際的なものというのもあるけれど、
肉体が最も充実している年代の若者がほしいからかもしれない。

不景気を解消するために戦争が起こったということは、
近代史において繰り返されていること。
ある人が言っていたが、
戦争とは突然始まるものではなく、必ずその布石が敷かれるものだ。
70年前の戦争だってそうだった。

すべて、妄想であればいいのだけれど…

平安時代の女性は
自分にとって不都合なことであっても
それを運命として受け入れるのだと
聞いたことがある。
平安時代が、
女性に財産権はないし、
そもそもいろんなことは
身分ーーどういう家に生まれたか、決まる時代だった
ということに思いをはせると、
なるほど納得できる。

時は流れて現代。
努力することで
かなり自分の運命を
切り開ける時代になった。

そういう時代の中で
自分のあり方や
生き方を
どういうものだと見出すのか。
どういう生き方をするのか。

そのことを考えるのが
今を生きる私たちに
必要なことであり、
古典を読む意義のひとつであると思う。

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