きょうこのことを思う


「スピリチュアルサロン」という場所は
整骨院ほど乱立しているわけではないけれども
近年日の目を見つつあると感じる。
そこで言われることについて「本当なんだろうか」と思うこともある。

私は、悩まなくてもいいようなつまらないことでひとりで悩んだり、
額面通りとらえればなんてことのない他者の言動について考えたり
することが多い。
現実において現れない、非科学的なものを信じたりする方でもある。
(あたりまえといえばあたりまえなのだろうが)
興味を持ったので訪ねてみた。

ここは本物だと思った。
外見は、普通の一軒家。
表に看板があるので、そこだとわかるくらい。
しかし、中に入ると、特別な場所だと気づく。
お部屋の中に足を踏み入れただけで心がほぐされる。
重みがなく、やわらかい空気がある。

夫婦でなさっているサロンだが、
ご主人は、全く話していないはずのことを言い当てる。
奥様は、初対面であっても話していて癒される。

なによりいいのは、
ご主人や奥様と接することで、
自分の可能性が開け、前向きに生きようという気持ちに
心の底からなれること。
(その気持ちが持続するかは本人の努力次第だが…)
スピリチュアルサロンにしても、
(系統は違うはずだが)占いにしても
(もっと話は外れていくだろうが)誰かに愚痴を聞いてもらうにしても
元気になれなければ、その時間は意味をなさない。
人に心の内を打ち明けるからには、その結果元気になれないと。
また、ものごとに明暗は基本的にはなく、
私たちが、それをどうとらえるかという見方の違いが
世の中の明暗を決めるというのだから、
明るく、元気な、前向きな心を持つということが、
本当に世の中を明るいものにするということだ。

価格としては、大手マッサージ店にかかったようなもの。
それで体だけでなく心までほぐれるのだから費用対効果は結構大きい。
私は、それ以上のものを得ることができたと思っている。

長崎 五島 癒しとカウンセリング専門のスピリチュアルサロン「リラクゼーション ...

light-work-yururi.jimdo.com › ...

この前大学の後期日程が終了したのに、
もう次の学年が現役生になろうとしている。
世の中はなんでも先取りだ。

先日、「大学は借金してでも入るところか」という内容で書いた。

今年、大学に入る人。
現在の大学生。(特に、入ってから学部に違和感を感じている人)
これから大学進学を希望する人。
そして、大学を卒業した人。
借金を抱えてでも入った人は、
何を得るべく大学生活を過ごすべきか。


「大卒」の学歴?
学部で得られる資格?
確かにそうだけれども、それだけだと、人生は行き詰まる。

現在、(大学からすれば)悲しいことに、
研究者にならない、多くの大学進学者にとっての、
(つまり、研究機関であることを本質として掲げたい大学からすると
「実を結ばない花」なのかなあ)
私の思う、大学で得るもの。

①進んだ先の学問から見える、社会に対するアプローチの方法
言わずもがな、大学の学問は、
現在・過去・未来の社会のある一面にスポットを当てて研究しているもの。
その研究をすることで、社会をどういう風に見るかという視点が養われる。

②進んだ先の学問を志す人とはどういう人なのか
学問の種類は多岐にわたる。
数多くある学問の中で、自分と同じ学問を志望した人がどういう人なのかを知り、
他者から自分を映し出すことができる。
一種の自己分析。

③学問に興味をもつ理由は何なのか
②同様、自分を分析することに結びつく。
進んだ学部の内容に、興味を持って取り組めたとしても
むしろ、当初志した学部の内容に興味を失ったとしても
自分自身を再発見することができるだろう。
自己分析を行うことで、自分自身の幸福を追求することができるのではないか。

④大学での人との出会い
これが最も重要だと思う。
高校までとは違い、基本的に大学で出会う人とは、
知的レベルや興味関心が同じ人である。
いわば、高校までの友人は「体験を共有する友人」だが、
大学の友人は「精神世界を共有する友人」というわけだ。
大学において、精神世界を共有するという体験をすることが、
人間としての幅を広げることとなる。

大学に即戦力を求める傾向はますます強くなる。
しかし、大学でないと取れない資格を身に着けた人間になる、というだけなら
この世の中において、いいように使われ、
都合が悪くなれば捨てられるだろう。
それが、あなたにとって本当に幸せなことなのだろうか。
どんな学問であっても、深めることで、
小さくても、個人や社会全体の幸福を追求することができると思う。

BMIとは何か
自分のBMIがどのくらいか
については、以下のサイトでおはかりください。
はかれるサイトは他にもあるのですが、
大きくて見やすいのでこのサイトを推します。

BMI 計算(自動)方法

bmi.nobody.jp

 さて、私はかつて
BMI値を19まで落としたことがある。

はっきり言って、やせ体重ではない。
適正体重の範囲内だ。

なのに。
頰はかなりこけた。
太ももの肉は落ちた(まあ、これは喜ばしいことだが)
最も困ったのは、
疲れやすくなり、すぐに体を壊すようになったことだった
家に帰れば、食事も入浴もせず眠る毎日。 
休日は、通院以外どこにも出かけず一日眠る。
完全なスタミナ不足に陥った。
あの頃は、
食事はしないから体重は落ちる
→疲れやすくなり寝る
→食事はしない…
というスパイラルにはまっていた。

ちなみに、今は21に戻っている。
20台が理想だが、落としすぎは怖いし、
何より、食べることが楽しみな生活に
また戻ってしまったので
(あと、ひとりのときのスマホしながら食いもよくないと思う) 
落とせないでいる。

BMI19で体力的につらかった。
そのため、「やせ体質」の人が心配になる。

スリムが美しいという世の中は危険。
正確に言うと、
モーレツに働かせることと
スリムなボディは
元々体質として持っている人以外両立できないものだ。
スリムなボディを愛でたいなら
世の中のスピードや仕事量を落としなさい。
たくさんの仕事を求めるなら
スリムなボディは憎みなさい。
そうでないと、人間がダメになってしまう。

また、
メタボリックシンドロームが疑われるくらいおなかが出ているとか
血糖値があまりにも高いとか
明らかに二重あごとか
でないならば、
基本的に世の中の人たちの体重は適正体重の範囲内のはず。
ダイエットの必要はない。
やせたら、それはそれで早く死んでしまう。

それとも、こんな変な世の中だから、
少しずつ死に向かおうとしているのでしょうか。
『怖い絵』で読んだ、ヨーロッパでモスリンが流行った時代のように。

このページのトップヘ