きょうこのことを思う

ホセ・ムヒカ氏
大統領としての富は貧しい人に分け与え、
庶民的な暮らしをする元大統領。
「世界一貧しい大統領」と言われている人。

・現在の先進国の人の暮らしを世界中の人間が始めたら、
    地球は壊れてしまうだろう。

・私達は幸せになるために働いているのであって、
    勝つために働いているのではない。

そんなあたりまえのことを世界に訴えた人。


あたりまえだから、誰にでも、それこそ私にでも考えつくことだけれど、
誰も言わなかった。
言ったとしても、聞き流された。

しかし、今、こうして注目されている。

あたりまえのことでも、
言う人の言葉の力がないと届かない。
実は、世界は物質文明や競争に疲れているのかもしれない。
勝つのはほんの一握り。
わずかな勝者も、そこで満足はしない。
人々が、ムヒカ氏を待っていたんだと思う。

少なくとも、まず日本において、
我々にも目に見えない貧困層や孤独な高齢者に向けて
そこで働くことを条件に住める家を作るなどして
救済する措置を取るべきではないのか。
道路を作る公共事業はもういらない。
役所に来ればお金を支給、じゃ届かない。
すべての人に、本当に衣食住に困らない暮らしを!

「格差社会」というけれど、それらがない状態とはどういう状態か。

全員が同じものを得られることが格差のない状態か。
努力に見合うものが得られることが格差のない状態か。

どちらにしても不満は残る。



実は、格差の有無は二次的な問題にすぎない。
生活が苦しかろうとそうでなかろうと、
皆が幸せでないことが問題。
すると、心の問題
誰もが衣食住に困らず、文化的な生活を送れれば解決…

するのか?

誰もが衣食住に困らず、文化的な生活を送ることができたら、
今度は周囲の人と自分の生活の差に苦しむ。
すると、もっと欲しがるようになる。
資本主義・物質文明は、きっとそこもあおって、ものの購入を促した。
他の人に追いつき追い越す。
それが現代社会を作ってきたし、繁栄もそこにある。
しかし、そこにも限界がきていると思う。
幸福を追求して繁栄してきたはずなのに、多くの人が幸福ではないのだから。
繁栄は不幸にこそしないものの、幸福にはしないようだ。

他の人に追いつき追い越す心を手放し、劣っていることを認めれば、
格段に人は幸せになるのではなくともだろうか。

九州は、桜が散りつつある頃だろうか。
東北は、これから咲く頃だろうか。
北海道は、5月になるまで咲かないのか。
外国の方は
葉より先に花をつける桜を見て不思議がると言う。
考えてみればそうだ。



桜の時は夢の時。

緑と茶色の木々の中に、
白とも桃色ともいえない色が現れる。
それは、1週間と経たずして
何事もなかったかのように消えていく。

新しい世界に浮き足立つ人の姿も
1週間と経たずして
何事もなかったかのように消えていく。

桜の頃は夢の時。
わずかな間だけ人の心を浮足立たせ、
終われば何事もなかったかのように元に戻る。

桜の詩歌が多いのは、
夢を見る人が多いからなのでしょうか。

世界が9月から新学期だとしても
日本は桜の頃に新学期なのは
桜の頃に新学期を合わせたのでしょうか。
それとも新学期に合わせて桜の頃があるのでしょうか。

桜の頃に夢を見るのは、
日本人だけなのでしょうか。

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