きょうこのことを思う

「いい仕事」「いい学校」「いい男・女」は厳然として存在する。
ごまかすな。

職業に貴賎はないという。
それなら、どうして
辞めるのに「もったいない」仕事と
そうでない仕事が存在するのか。

いい学校はないという。
それなら、どうして
「○○学校に合格⁉︎すごい」と言われる学校と
そうでない学校が存在するのか。

生まれてきたことに意味があるという。
それなら、どうして
人気者と嫌われ者が存在するのか。


「いい仕事」「いい学校」「いい男・女」は厳然として存在する。
それでも、そんなものなどないと世の中の人がいうのは、
社会全体で認めてしまうと
生きていけなくなる人間ができてしまうからだ。

現実は現実として存在するのだから
目を背けてはいけない。
現実を受け入れ、
条件が悪くても生きていく方法は、
結局のところ
何かひとつでもいいから
人から認められるものを持つよう努力することだ。
もっとうまい人はいる…なんてどうでもいい。
とにかく、自分に力があることが大切なんだから。


自分に言い聞かせる意味で残しておく。


私は、最近転職した。

かつての職は
お給料が高く、福利厚生も充実していた。
それでもやめたのは、
長い拘束時間と高いストレスのために
体を壊したからだ。

他人は
「お給料が高く、福利厚生も充実していた」部分だけを見て
どうしてやめたのかを掘り起こす。
変わり者扱いをする。

そんな他人さまに言いたい。
私の代わりに、
長い拘束時間と高いストレスにさらされますか。
と。

今の仕事は
給料・福利厚生ともに落ちるけれど、
経験は活かせるし、
間違いなくかつてより朝が遅い分拘束時間が短く、ストレス度合いも低い。
もちろん、残業や休日に呼び出されるということはあるみたいだけれど。

むしろ、これからのストレスは
かつての職と今を
他人から比べさせられることにあるのかもしれない。


他人の目を気にせず生きる。

思えば、かつてもこれからも、
他人から与えられるストレスにやられてきている。
他人とは無責任。
金の切れ目が縁の切れ目
親は泣き寄り他人は食い寄り
…昔からそう言うじゃない。
人は人と関わって生きるものだからしかたないけれど、
困ったときに逃げていく奴らに振り回されてどうするの。

基本的にはそのスタンスを貫く。
それでも、心がやられてつらいときがあるのが人間。
つらいときは、あなたと心の通う人の力を借りよう。
あなたが頼る人は、他人ではないはずだから、
その人といることで、あなたは元気を取り戻すはず。


学校で習う内容が身についていなかったとしても
ほとんど学校に通っていなかったとしても
小中学校の場合、時が来れば卒業する。

作曲やショートショート作成といった創造の場面でさえも
活躍することのできる人工知能ができつつあるという中、
小中学校の教員は仕事を奪われない。

そこから、小中学校の意味や、小中学校の教員とはなんだろうかを考える。


小中学校の意味とは、適齢期の子どもの子守が目的なのか。
つまり、小中学校の教員も、基本的には保育士と変わりないというわけか。
それなら、学習内容が身についていなくても
年齢に応じた言葉遣いができていなくても
目をつぶって卒業させるというおかしなことがまかりとおるのも
納得できてしまう。
同年齢の子どもでまとめるというおかしなまとめ方も
子どものためというより、管理する大人のため。
結局、小中学校も子守の場であるということじゃないのか。

学校で学習内容や集団におけるマナーを習得させようというのならば、
せっかく義務教育学校もできることなのだから
異年齢間の子ども同士での活動の機会がもっと必要なのではないのか。
クラスを、同じ年齢の子供ではなく、多様な年齢の子供で形成する。
年長の子どもを学級委員として、クラスの中での役割をそれぞれ担わせる。
教室の掲示物は総ルビ。
年少の子どもも、掲示物を見て漢字を覚える。
授業は、クラスで受けるのではなく、それぞれが教室に移動して受ける。
授業の時間割は、小3の学習内容までは年齢別だが、それ以降は単位制。
だから、留年もあれば飛び級もあり。
体育や音楽、図工(美術)は異年齢の者の集まりであるクラスで受けても
おもしろいかもしれない…
などと考える。
(特にクラスについては、過疎地域において特に有効であろうと思う。)

そうすると、就職するにあたり、重視されるのは
「年齢の若さ」ということになるのだろうか。
中学校卒業の年齢が低ければ低いほど就職が有利に働き…
ということが起こると、社会はどうなるのだろうか。
しかし、少なくとも、上級学校でのつまずきや
社会人としての学力の欠如といった問題は解消されるものと思う。

少子化、機械化の時代だからこそ、
異年齢間の子ども同士の助け合いと
義務教育段階での教育内容が抜けもれなく身についていることが
特に必須のものとなってくると思う。

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