きょうこのことを思う

「1年生時に万引き」誤記録で進路指導 広島の中3自殺

昨日報道を見てはいたが、
あまりにも学校のことばかり書いている気がして何も言わずにいた。
学校のことばかり書いていると、
いつか、日本で子育てをしたくなくなるような気がして……
だが、茂木健一郎氏のブログを見つけ、
かねてより思っていたことを訴えたくなったので書くことにした。

http://lineblog.me/mogikenichiro/archives/1822911.html

日本人は学校に頼りすぎ。

日本の学校の面倒見の良さの第一が給食指導や部活動。
労働者としての貴重な休憩時間や休日をつぶして
テーブルマナーをはじめとする「食」に関するさまざまな学習、
スポーツや文化の機会、なにより決して退屈しない時間を
先生たちが与えてくれているのだから。
他にも、「進路指導」で行き先もあっせんしてくれるし、
実現のための対策もしてくれる。
果ては、退学・転学の手続きまでやってくれる。
田舎なら(都会も?)、塾がないことを理由に、
土日や放課後に学校を開けて、
勉強の場を与えてくれたり、講義をしてくれたりする。(私が住む県ではそうでした。)
日本は教育費にかなり出費を要しているというが、
ここまでしてくれている内情を考えたら、
費用対効果はかなり高いのではないか、と考える。

その面倒見の良さが、
学校以外の子どもの行き場をなくしているのではないかと思う。

現行の学校のシステムの場合、
学校から離れた人間関係は築きにくい。
学校の、同い年の子どもというあまりにも狭いコミュニティ。
塾であっても、何年生なのか、どの学校に通っているか、聞きませんか?

学校のコミュニティになじめない子や、はみだした子どもが
悪い仲間と付き合うようになったり、最悪の場合死を選んだりするのに、
肯定はしないが共感してしまう。
もちろん、学校からはみだした子どもを誘う悪い大人がいるのも事実。
その悪い大人が、学校という子どもにとって絶対の社会に
なじめない子どもの心に入り込んでいるのだとしたら。
「薬物濫用」の最初の1回を防ぐ対策として
「学校生活を楽しむこと」とも言っているくらいだし。
死んでしまった子に対しては、もう何とも言いようがない。
学校に通っている子も、学校の人間関係に疲れている子は多い。
それも「孤立しないように」という、
大人になったら何ともないようなことで悩んでいる。
これは子ども特有のものもあるかもしれないが、
それ以上に学校という小社会で生きていくためのものだと思っている。
…こんなものは、私が初めて言う意見ではないか。

本報道、そして茂木氏の意見についての私の思いは
「何も死ぬことはなかったのに」という思いと
確かに学校のお役所化、検察・警察・管理化ははなはだしいけれど、
それは学校ではなく社会が望んだことなんじゃない
、ということだ。

現在、大人がかなり忙しくなったからか、子どものことはすべて学校にさせている。
(これはもう言い古されたことですよね)
それは、子どもを学校という唯一のコミュニティに閉じ込めているということ。
学校に預けておけば安心、というわけではないことは、
学校関連で起きた事件が証明しているでしょう。
また、ここまで面倒を見ることで、学校現場は疲れ切っている。
たくさんの仕事を「形になる程度にこなす」毎日。
民間もそうだけど、人を預かる現場でこれでいいの?
学校での仕事を「形になる程度にこなす」結果、
手っ取り早く「こなす」ことができる
記録としての文書を残すことや、
児童生徒が悪いことをしないように脅し、押さえつけることが
「危機管理」や「指導」として残ったのでは?


私たちでできることとして、私が考えることは、
子どもの、学校外のコミュニティを用意して、
学校だけに縛り付けないようにすること。
学校で評価されなくても、外部で評価されれば、
子どもの自己肯定感は保たれる。
また、学校にゆとりを与えることで、教育活動の向上が望まれる。
基本的に教員はアイディアの宝庫で、
児童生徒のためになることは何かを日々知恵を絞る人たちなのだから。

だから、学校に甘えるな。

「保育園落ちた日本死ね!」 匿名ブロガーに記者接触

朝日新聞 - 2 日前
 

ネットの影響力ってすごいなと思いつつ
この問題の中身を考える。

明らかに大人がついていないといけないとわかっている子どもを
わざわざ自分から離して働かないほど
経済的にひっ迫しているのか。
保育園に預けてお母さんが働くのと引き続きお母さんが家にいるのでは、
収支のバランスを見た時
よりお金が手元に残るのはどちらなのか。
本当は、社会を回している男からしてみれば、
女には表に出ず、
家庭を守り、男を癒してくれ、
子どもの面倒を見てくれる方が
都合がいいと思っているんだと思う。
実際、長い歴史ではそうだったし。
今は人出が足りないから
女性まで駆り出されているだけ。
(人がいなくて、女性が表に出る時代って、
これまでの歴史を振り返ると、
ことごとく「戦争中」なのは気のせいでしょうか?)
どう考えても、
子育て中の女性が表に出て働く状況はイレギュラー。
それでも外で働く理由はなんなのか。

保育園は簡単には増えない。
それに、増やすべきは保育園より保育士では?
施設だけあってもダメでしょう。
もちろん保育士のなり手がいないことも解消されていない。


実は、田舎だと保育園の空きがあるどころか
子どもがいなくて潰れているところがある。
保育園落ちたから日本死ねというなら、
まずは移住。
特に離島なら、子連れは大歓迎。
仕事?東京ほど稼げないけれどある。
しかも、生活は田舎のコミュニティの中でちゃんと成り立つから大丈夫。
しかも、収入外の得るものが大きいから、
東京より豊かな生活ができる。
食べ物は、間違いなく安くておいしいものが手に入る。


現代人は社会やお金に頼りすぎている。
社会やお金だけに頼る人間には、
その奴隷となり搾取される運命が待っているのではないだろうか。

家族や地域のような、身近な人同士で
支えあうことの重要性を改めて思う。

実は前から思っていて、いつか誰かに言おうと思っていた。

少子化を解消する必要はあるのだろうか。


根拠
機械に奪われそうな仕事ランキング1~50位!会計士も危ない!激変する職業と教育の ...
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そもそも子どもをたくさん作ることが奨励された理由が労働者が欲しいからだというのならば、
近い将来機械に仕事を奪われると、 子どもをたくさん作る必要がなくなる。
仕事をさせるならば機械がいい。
望む仕事を早くやってくれるし、文句も言わない。
むしろ、食糧問題等のこともあるので、これからは人間の数を減らす方向に進んでいくのではないか。
もっと乱暴なことを言えば、
子どもを作る(特に二人以上作る)のは一部の人だけになるのではないか。
次世代につなぐにしても、現在は医療が発達しているから、後継が幼くして亡くなるということは滅多にない。
次世代は必要とされるけれど、これまでのように「産めよ増やせよ」ではなくなる。
一人っ子がスタンダード化する。
それが何十年にわたり続く…


それでいいのではないか。
今の生活を続けるならば、現在での人数は多すぎる。
とにかく10万円を集めたいのならば、10人が1万払っても一人が10万払っても、集める側からすれば10万が手元に入ることに変わりはない。
社会は一部の人だけで回しており、それでいいとされているのだから。

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