きょうこのことを思う

勉強は苦しんでこそだと人は言う。
それは嘘だと思う。
苦しんでいるようではダメだ。

偉人の顔と名前は覚えられなくても、
アイドルの顔と名前は覚えられる。
物理や数学の計算が苦手な一方、
電車のダイヤを見て分単位での旅行計画を組める。
そこに、苦痛は伴わなかったでしょう?


勉強は楽なほどいい。


勉強:学ぶことの目的は
「身につける」こと。
それなら、一番の苦痛、苦しみは
「身につかない」ことでしょう?
身につかない方法を何ヶ月も繰り返すことこそ、
徒労という最大の苦痛、苦しみを覚えていることではないのか。

楽な勉強方法とは、
手軽な勉強方法とは違う。
一番効率よく勉強内容を身につける方法が楽な勉強方法。
一番自分に負荷をかけないのが手軽な勉強方法。
一番効率よく身につけることができる方法は人それぞれ。




辛いけれどがんばる。

そうするべきだと思うし、
そうできる人は素晴らしいと思う。

一方、そう思うことは危険なことだという気もする。
どこまで耐えられるかを見極めないと、
自分の身を滅ぼす。


長い目で見て、
がんばることが自分のためになるならば
辛くても辛抱すべきだし、
ためにならなければ
辞めどきを見計らってやめるべき。

現代社会は、がむしゃらにがんばればいいという時代ではないと感じる。
がんばりどころを見極めないと。


ところで、辛いけれどがんばるのは人間だけなんだろうか。
人間以外の動物で、辛くても辛抱してがんばるやつはいるのかな。
いたらコメントをください。

都会から移住!農作業を手伝いながら田舎暮らしをする「山奥ニート ...

www.hanakuro.jp › way-of-working

山奥ニートという言葉を今日初めて知った。
「働いたら負け」と記事にはあったけれども、彼らはばっちり働いている。
働く目的が食べ物を得るためなのならば、別に長期に雇われていなくていいわけだし。


ここで疑問に思った。
働いているとは、雇われるということで、
他の場合の働き方は認められないのか、と。


働いているといえるのは、
外で他の人に雇われることだけではないと思う。
働いているということが雇われるということだけならば、
自営業や主婦は働いていないことになる。
おかしいでしょう。
この人達も力を尽くしている。
そもそもサラリーマンは
こういう人がいなくなればやっていけなくなるはず。


外で働いてお金を持ってくることだけに価値があるという考え方では、
いずれ日本は破綻する。

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