先日、チョコレートの陰には児童労働があるという

知る人はきちんと知っている話を書いた。

この話も紹介いたしました↓
http://acejapan.org/childlabour/report/chocolate   



だが

児童労働の中にある子どもたちは不幸で

そうではない子どもは幸せであると

本当に言えるのだろうか。


私の知っている小学生の話。

宿題がいっぱい出る

宿題を忘れたら、昼休みは教室から出られずずっとお勉強

チョコレート農場で働いている子どもに置き換えるならば

カカオの実をいっぱい採らされる

ノルマが達成できなかったら、農園から出られずずっと実採り

ということか。


…あれ??


やっていることが違うだけで、

学校通いの子どもも、農場で働く子どもも、大して変わらない?

確かに、学校に行けば知識が授けられる。

授けられた知識で、いろいろなことができる。

だが、学校に通う子どもにとって、

時間を費やして得たものがどれだけ実社会で生かせるか。

…それは、子ども以上に、大人の私たちがわかっていることでは?

そうであれば、学校も、児童が労働していないというだけで

児童の心境としては大して変わらない。

何より「学校が休みでうれしい」という気持ちを

多くの人が持っている時点で、見えているじゃないですか。

学校に通う子どもの「テストの点数」が

チョコレート農場では「採った実の数」ということ、それだけ。



本当の不幸せは

学校に行かずに働かされる

ということではなくて

自由を奪われる

ということではないか。



労働に自由を奪われる子ども

教育に自由を奪われる子ども

案外、どちらも似たようなものなのかもしれないと考えてしまう。