きょうこのことを思う

2016年05月

望む未来を描くなら、10年後から考える
10年後の自分のやりたいことを叶えるために、5年後、1年後がどうあるのがよいかを考える。



私は10年後、子どもを小学校に入れていたい。
夫と子どもに、毎日手作りの夕食を作っていたい。
それが叶う範囲で、世の中の子どもたちのために仕事をしたい。
学校のPTAにも興味がある。
小さくていいから家を建てたい。

そのための5年後は?
すると、来年はどうなっていたいか?


未来の夢を考えるとわくわくする。
そのわくわく感が、世の中を明るくする原動力となる。
今、日本ははっきり言って明るくない。
そんな社会に出ていく子どもたちを憐れんでしまうことさえある。
大人は楽しい、と、子どもに言ってやりたい。
そうすれば、勉強がつらくても子どもはがんばれるし、自殺に思いが向きがちな思春期を乗り越えられるだろうと思う。
そのために、大人が、わくわくしないと。
いくつになっても、やりたいことを持っていたいものだ。

世の中の所得格差はますます広がる。

お金持ちのお金はお金持ちのコミニュティの中を、
貧しい人のお金は貧しい人のコミニュティを巡り、
それらはまず混ざることはない。


お金持ちは、お金持ち御用達のお店で買い物をする。
お金持ち御用達のお店の人は、彼らのコミュニティの中でお金を使う。
同じことが貧しい人にも言える。
だからお金持ちのお金はお金持ちのコミニュティの中を、貧しい人のお金は貧しい人のコミニュティを巡り、それらはまず混ざることはないということが起こる。
人は基本的に、似たような人間と付き合うし、付き合っていくうちに似てくるからだ。
だから、格差を埋めるには意図的にやらないといけない。


ところでどうして貧しいのか。
稼いでも手元に残らないからか。
そもそも入ってこないからか。
すべて生活費に消えるのか。
遊ぶ金なのか。
稼げる機会には恵まれなかったのか。

そもそも、お金があれば、必ず豊かな生活ができるのか。

たくさんの人に見てほしい。
たくさんの人に見られるのは怖い。

相反する気持ちがある。


たくさんの人に見てほしい
…どうしてなんだろう。

たくさんの人に見られるのは怖い
→批判が怖いから。
…批判されると誰が決めたのか。

数人にしか教えていないけれど、
昨日で訪問人数が延べ400人を超えた。

大したことを書いていないのに読んでくださることに感謝。

インターネット検索をしても
前向きになることは決してない。
むしろ気持ちが滅入ってしまう。
目指す夢があっても、多くの人が
「つらいよ」「やめなよ」「無理だよ」

①希望の光はわずか。
いいことは言わないもの。
言えば取られてしまう。
②人間、いいことより悪いことの方が目につくもの。

インターネットが私たち一般庶民にも普及してから、
インターネットの海は私たちの脳となった。
インターネットは日頃言わずにいることも見える。
そりゃそうだ、脳の中だもの。
では、人の頭の中は覗くものではないということ?

インターネットに頼ってしまうけれど、
それは、不特定多数の人間の深層にすぎず、あてにはならない。
それでも頼ってしまうのが人心。


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