きょうこのことを思う

2016年07月

「アリスの精神裁判」と同じスタッフが作ったゲーム。
アリス同様、ストーリーに引き込まれる、神社を舞台にした脱出ゲーム。
風習に犠牲になる人々の悲しみ、寂しさが怖いものになっていくのが切ない。

エンディングはたくさんありますが、
最終エンディングにたどり着いてはじめて「終わった…」という感じ。
別のエンディングに向かっていくたびに、パラレルワールドを作っているような感覚を覚えた。…まあ、他のマルチエンディングのゲームでもそういう感想は持つのかもしれないけれども。
アリスと違い、救われる最終ラストにほっとした。
アリスよりもこちらの方がわかりにくいかも…私は攻略を見ながらでないとできませんでした。

おはぎは食べないこと!
食べると、初期化しないと先に進めなくなりました…(あくまで私の場合)


結婚相手に恋なんてしなくてもいいと思う。

①恋なんていつか冷める。
恋愛結婚した夫婦がみんな離婚することなく幸せで、そうでない人達は別れていく…なんてことはないでしょう?
恋愛を経て結婚しても、ダメな時はダメ。そうでない場合も同じ。

②恋愛中では見えないことがある
「あばたもえくぼ」。
いや、むしろ、①のようになってはじめて「こんなはずじゃなかった」ってこと、多くないですか?

結婚相手には、恋じゃなくて、
愛と信頼が必要だと思う。
正確にはまず信頼。そこから、愛が芽生えてくると思う。

信頼できない相手と
セックスできますか?
毎日生活を共にできますか?
恋が冷めるのも、信頼がなくなったことが一因にあるんじゃない?


結婚相手は、信頼できる誠実な人。
あとは、決定的に嫌いなところのない人。
それでいいと思う。
そういう人と、私は結婚する。



こういう内容を書いたことを、
結婚した後、懐かしく読むんだろうな。。

どうして、お金を払えば何をしてもいいという風潮があるんだろう。
生き物の命の価値は同じといいながら、どうして、同じ牛肉でも値段が違う
だろう。
食べて、生き物を殺す以外に、私たちの生きる方法はないのか。

「とと姉ちゃん」の三姉妹が羨ましい。


編集者としての仕事に生きがいを感じている常子。
文章を書くのが好きな鞠子。
洋服関係が得意な美子。
三姉妹の得意なことを合わせて、雑誌を作る。
それぞれの得意なことを生かして生計を立てている。


世界中のすべての人たちが、
自分の得意なこと・好きなことを仕事にしたら、
世界は幸福にあふれるんじゃないかな。
そもそも仕事というのは、自分の能力を生かして生活をし、果ては社会貢献をするものじゃないの?
世の中としても、人々に、好きなこと・得意なことを生かして仕事をしてくれる方が、成果が上がっていいんじゃないの?
それなのに、どうして、好きなこと・得意なことを仕事にしない人が出てくるんだろう。
どうして、仕事は辛くて苦しいものになるんだろう。



仕事で苦しむのは当たり前じゃないはず。
本来仕事は楽しいことのはず。
仕事が楽しい方が、世の中発展するはず。
しかしそうでないということは、人々には仕事で苦しんでほしいと思っている存在がいるということ…?
仕事が苦しいということで、誰かがメリットを享受しているのかも…?

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