きょうこのことを思う

2016年10月

楽しく読んでいるブログでこんな疑問。

そういえばどうしてなんだろう。

進化論について。

思えば進化論が出てくる前、

キリスト教社会では、

人間は神様が作ったもの、

はじめに男ありき、男の肋骨から女が作られた…

というわけだが、

現代科学では、

受精卵からできる人間の形は本来は女性型で、

そこに男性になる作用が加わって男性になる…

その作用が十分でない物の代表なのが

トランスジェンダーやゲイと言われる人たち

ということ。

時代の価値観、教育で、見方は違うものになる。



進化論、どうしてネコ型人間がいないんだろう。

幾多の苦難を乗り越えて成功をつかむ
朝ドラの主人公に自分を重ねて
成功した気になる。

では、小児性愛や暴力は?
そういうことをやる人物に自分を重ねて
欲求を満たす。
それが、治安や人を守ることにつながる…

朝ドラは堂々と放送されているが、
小児性愛や暴力は隠されている。

「ドラえもん」
しずかちゃんの入浴シーンは
かつてに比べると露出シーンは減った。

見せれば実際の行動が促進されるのか、
はたまた抑制につながるのか
どっちなのだろう?

性や暴力は隠されるべきもの?

確かに、あまり見たくないものだと私は思うけれど…

だが、それはそういう教育を受けているからかもしれない。

それらが隠されるようになったのは明治を過ぎて西洋の文化を取り入れるようになってから。
江戸時代、春画は結婚にあたって持っていくものだったとか…

隠されるものではなかったとすれば?

それとも、本能によるものとそうでないものでは、

反応が違うのだろうか?


おまえを呪い殺す












申し訳ございません。

そんなことは致しません。



さて、これを見てどう思われましたか?



呪い殺すなんてありえないからスルーしよう

信じられないけれどなんだか怖い



私たち現代人は、

呪いなど信じないから怖くない

という人が多いし、

実際呪いなんて現代では起こっていないことが多いけれど、

かつては、呪いで死んだと信じられた人もいた。

この違いは、ずばり信じるかどうか。

自分が呪われると思ったら、

信じられない一方でなんだか怖くなって、

身の上にちょっと悪いことが起こると

「呪いだ」と恐れはじめる。

それから後は転がり落ちるように呪いにかかる。



すると、

呪いと逆のこともできる。



これを読んだ人は死ぬまで喜びが絶えない

好きな人じゃないと結婚しない

これが今、結婚にあたって言われること。

ひと昔前は

結婚する理由が「好き」だなんてとんでもない

だったらしい。

私はその価値観を理解するし支持する。



親族にもなるというのに、

「好き」なんていう簡単に移ろう気持ちを基準にするなんて不安すぎる。

それより、家柄とか収入のような、

はっきりとわかるものの方が安全だと思う。

家柄なんていうある意味自分で決められないものに頼る?

家柄はその人の生活、価値観の形成を左右する。

生活や価値観の違いは衝突を生む。

ある意味、平和に暮らす知恵だったのではないか?

収入だって移りゆくものではあるけれど、

金銭感覚だって価値観のひとつ。



何より私としては、

価値観が合わない相手とは、

今は好きであっても

時が経つと嫌いになっていく

しかも好きだったところがそのまま嫌いなところになる

という悲劇が起きやすいと思う。

しかも、感情でつながったふたりの別れは泥沼になりやすいのでは?

その傷に耐えられる人ならいい。

しかし、誰でも耐えられるわけではないから、

誰しもにとっていいことではない。



性格、価値観が合って、

この人との結婚生活で

自分の求めるものを得られるのならば、

結婚する時に燃えるように好きでなくてもいいじゃない。

そのうち好きになるし

そうならなくても穏やかに暮らしていける。

みんながみんな恋愛体質になんてならなくていいんだ。

雑学の吸収と思考能力の鍛錬に

推理ゲームはなるのだろうか…??

おすすめのスマホアプリ「アリス探偵と100のミステリー」

やることは「罪と罰」に同じだが、

事件内容はLINEなどのメッセージのように

吹きだしごとにキーポイントが分かれている点で

「罪と罰」よりは答えを探しやすい。

しかし、内容は「罪と罰」より少し難しい気がする。

あと、解説のわかりやすさの面でも劣る…かな??

だからこそ、考えがいのある推理ゲーム。

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