きょうこのことを思う

カテゴリ: 学ぶ・働く

自然地震でも人工地震でも

地震が起きて人が死に

大きな被害があったことに変わりない。


では、

熊本地震が人工地震だったとして

何のためにそんなことを?
http://arcanaslayerland.com/2016/04/17/kumamoto-earthquake-2/


私達、ドレイとしか思われていないよ。

でも気づいているでしょう?



もうきついもん。

クタクタになるまで働いて

周りに流されて

あってもなくてもいいようなものを買う

生活をとりあえずやめよう。

子どもの教育だって

みんなが競争しなかったらシステム崩壊だろう?

学校はみんなが作っているからあるだけにすぎない、くだらないもの。

というかみんな気づいているよね

学校+塾

子どもの教育のスタンダードにしている時点で。




歯医者で塗られる

歯磨き粉に入っている

フッ素

あれは猛毒らしい!

フッ素はナチスが捕虜を逃さないために使った!
殺鼠剤に含まれる!
http://www.thinker-japan.com/husso.html


さらに、人間の能力を狭めるものらしい…

人間は持っている能力の30%も使わないで生涯を終えるという…

それっておかしくない?

能力があるなら、100%使えばいい。

押さえ込まれる必要なんてない!

エンゲル係数は上がってきているらしい。


非正規労働者が増えたことだけじゃないならば
・ペットボトルのお茶
・インスタント味噌汁
・惣菜
…こんなの、実はお金がすごくかかっている。

作れば激安なのに。


食べるために働くというのなら

食費を抑えて穏やかに。

読んでみてください。
http://hirotaguchi.net/agriculture/post-1684/


実は一番いいのは

ご飯と具沢山味噌汁

なのではないか。

何も、毎日一汁三菜しなくても。

というか

毎日カップラーメンや出来合いの弁当

というなら

食べる量は「ご飯と味噌汁」と同じくらいだし。

食費は「ご飯と味噌汁」の方が安いし。

栄養は言うまでもないし。

将来、何になりたいかが決まっていない中学生が一番避けるべきは
普通科高校。 
普通科高校とは「進学校」。
難関大学にたくさん生徒をやる学校は、狭い意味での「進学校」。
実際のところ、普通科高校といえば、
ほとんどどこでも大学進学を目指させ、
進路実績としてもそれを挙げている。
(そうではない学校があればコメントをください。)
大学進学を目指すことを当然のこととし、
学習内容が将来どう役に立つか、など考える間もなく詰め込み。
ひどいところは、進学先を成績だけで決める。
生徒の興味・関心はないがしろ。
つまり、ひどいところは、
生徒の人生を学校の宣伝道具とするということです。

何になりたいか決まっていない場合は、実業高校(農業・工業・商業)がよい。
すべての人の最終目的である
「働くこと」を見据えた指導を高校時代に受けられる。
最近は就職のみならず、専門学校・大学等他の進路も幅広い。
もちろん、しっかり勉強はしないといけないけれど、
その内容は高校時代を過ぎれば忘れていく内容ではなく、一生モノ。

もちろん、普通科高校でないと行けない学部も確かに存在する。
そういう人は迷わず普通科高校に行くべき。
高校時代の現代的受験勉強が、卒業後も使えるものとなる。
受験勉強は確かに辛いけれど、
目標があるから乗り越えられる。
また、受験勉強で詰め込む内容に、
面白みや意義を感じることもできる。
しかし、それができない人は、
貴重な3年間をいたずらに苦しむのみ。

勉強はしないといけない。
しかし、5教科だけが全てじゃない。
行く道は自分で見極め、貫くべし。

この前大学の後期日程が終了したのに、 
もう次の学年が現役生になろうとしている。
世の中はなんでも先取りだ。


今年、大学に入る人。 
現在の大学生。
(特に、入ってから学部に違和感を感じている人)
これから大学進学を希望する人。 
そして、大学を卒業した人。 
借金を抱えてでも入った人は、
何を得るべく大学生活を過ごすべきか。 


「大卒」の学歴?
学部で得られる資格?
確かにそうだけれども、それだけだと、人生は行き詰まる。


現在、(大学からすれば)悲しいことに、 
研究者にならない、多くの大学進学者にとっての、 
(つまり、研究機関であることを本質として掲げたい大学からすると 
「実を結ばない花」なのかなあ) 
私の思う、大学で得るもの。 

①進んだ先の学問から見える、社会に対するアプローチの方法
言わずもがな、大学の学問は、 
現在・過去・未来の社会の
ある一面に
スポットを当てて研究しているもの。 
その研究をすることで、
社会をどういう風に見るかという視点が養われる。 

②進んだ先の学問を志す人とはどういう人なのか
学問の種類は多岐にわたる。 
数多くある学問の中で、
自分と同じ学問を志望した人が
どういう人なのかを知り、 
他者から自分を映し出すことができる。
一種の自己分析。

③学問に興味をもつ理由は何なのか
②同様、自分を分析することに結びつく。
進んだ学部の内容に、
興味を持って取り組めたとしても
当初志した学部の内容に興味を失ったとしても
自分自身を再発見することができるだろう。
自己分析を行うことで、
自分自身の幸福を追求することができるのではないか。

④大学での人との出会い 
これが最も重要だと思う。 
高校までとは違い、
基本的に大学で出会う人とは、 
知的レベルや興味関心が同じ人である。 
いわば、高校までの友人は
「体験を共有する友人」だが、 
大学の友人は
「精神世界を共有する友人」というわけだ。 
大学において、
精神世界を共有するという体験をすることが、 
人間としての幅を広げることとなる。 


大学に即戦力を求める傾向は
ますます強くなる。
しかし、大学でないと取れない資格を身に着けた人間になる、
というだけなら
この世の中において、
いいように使われるだけ。
都合が悪くなれば捨てられるだろう。
それが、あなたにとって本当に幸せなことなのだろうか。
どんな学問であっても、
深めることで、
小さくても、
個人や社会全体の幸福を追求することができるのではないか。
私達は生きている以上、
どうしても幸せを目指す生き物だから。

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