きょうこのことを思う

カテゴリ: 学ぶ・働く

雪崩事故で心を固めた。

もう学校の部活制度なんて廃止したらいいのに



A 学校の部活が負担になっている人

B 学校に部活をしに行っている人

いませんか?
私は両方に向けて言いたい。



A 学校の部活が負担なら、

やめられるならやめませんか。

お金も時間も使って、

出した結果は「県大会◯位」と友達。

価値を持つのは友達だけでしょうが、

一生つきあえる友達は何人いますか?

部活を負担に思っている中でできた友達なんて、

卒業したら連絡も取らない。

部活に使うたくさんの時間が無駄になってしまいます。

部活をやめて、もっと別のことに時間を使おう。



B 学校に部活をしに行っているなら、

授業中は抜け殻でしょう。

寝ている?…それなら家で寝る方が格段にいい。

学校でのほとんどの時間が授業。

あなたはほとんどの時間を無駄に使っている

ということに早く気付こう。



どちらにしても、

部活があるがために多くの学生が若い時間を無駄にしている

という結論に至る。

大人は「若い貴重な時間」というが、

大人が若者の時間を無駄にしていることに気づいていない。

無駄な時間とは

「一生懸命取り組まない時間」のこと。


一生懸命取り組みたいことにまつわる
AB両者の本音?
A 部活はそこそこ、勉強したい
部活を第一にがんばりたい


学校が「学ぶところ」というふうに

本当に位置付けるなら

A 現行の塾のような勉強のための施設
B 現行のスポーツクラブのような体育文化的施設

と、学校の役目を明確に分けたらいい。

就職口だって
A 勉強を教える人
B 文化スポーツを子ども向けに教える人

に分ければいい。

集団の規律は、
ABそれぞれのルールの中で
十分育めますよ。

実は先生達も(先生達こそ?)
部活はそこそこ、勉強を教えたい
B 部活を第一にがんばりたい
(体育・音楽・美術の先生はBのつもりで
教員になった人が多いこと!
だから、授業は「なんとなく」
生徒達もそこを感じ取っていますよ)
なんだよね…

あれもこれもやるから中途半端なんですよ!



とはいえ、今はそうできないので
A 部活はそこそこ、勉強したい
部活を第一にがんばりたい
自分はどちらなのかをはっきりさせて、スタンスを貫こう。

Aを選んだ人で、部活に入らないのなら

「自分は勉強部」と名乗るといい。


このとき、

ABどちらでもやってほしいこと。

特にAならやってほしいこと。

社会に目を向けること!

これから入る社会を知らないまま

社会人になることは

非常に危険!!!!!

社会的な活動にわずかな間でも取り組むことは

是非やっておくこと!

特に高校生!
(そういう点でも「高校生平和大使」はなかなかいい)



え?

C 勉強も部活も嫌なんだけど…

それなら、どちらもやるな。

勉強でも部活でもないことをやればいい。

どちらでもない、

あなたが夢中になれることをやりましょう。

その選択肢を作るために、

小学生のうちから

「稼ぐこと」を教えておく必要があるかもね。

世の中には、

高校に行かずにプログラミングを学んで起業した女子もいることだし。



こうして考えると、

学校にがんじがらめになっていることがいかに危険か見えてくる。

…あれ?学校って危険なところ?

でも、学校の勉強はしておきなさい

本当は、
C 勉強も部活も嫌なんだけど…
という人にも、勉強はして損はないと言いたい。

世の中の真実のヒントが、

学校で教える内容に

一部ではあるけれども含まれています。

一部を糸口に、真実にたどりつこう。

平成33年(◯◯3年。元号は変わっているはず)実施の学習指導要領。

銃剣道についての報道
https://www.google.co.jp/amp/www.asahi.com/amp/articles/ASK3063F4K30UTIL058.html

聞いた時は「!!!!!!?」と思ったが、

学習指導要領の中に銃剣道が入るのは自然の流れかもしれない。

日本武道館「武道の定義」

「銃剣道が必須」ではなく「武道が必須」。

銃剣道は武道の選択肢の中のひとつ。

させたくないならば、選ばなければいい。

学校に働きかけて選ばせなければいい。

この際「モンペと思われる」なんて関係ない!

あなたは、子どもの教育に不適切なものを

世間体、すなわち自分の体面のために見過ごすのですか。

どんな制度も、私達が使わなければなきに等しいのだから、

声をあげて「あるがなきもの」にしないと!





だが、私が本当に言いたいのはそこではない。

日本の銃剣道は明治時代に生まれたもの。


もっともっと長い日本の歴史の中の、

ほんの最近にすぎない明治の文化を

「伝統」ということに疑問を覚える。

そう言うならば、

本学習指導要領の中で

江戸時代より前の文化を体感する場面はありますか?



日本固有の伝統を教えるという者に限って、
明治以降のことばかり声高に言うように私には思える。

江戸時代より前のことは日本と思っていないのか、と言いたくなる。


「日本固有の文化」を教えるならば、

和算は?

茶道・花道は?

森友の教育にも、見習うところはある…「論語」の暗唱
(昔の子どもの教育はそんなのだったらしいね)とか、
和室の部屋とか。

それはやらないの?

何より、

給食で出すパンと牛乳を完全にやめて、

麦飯と緑茶にでもしたらいいじゃない!

その方が、

よほど説得力があるし効果的だと思うのだが。

アレルギーも気にしなくていいしね。

時々茶葉で緑茶ご飯、なんて。

「小学校で教育勅語を扱うと」
私はこう想像する。

小学生が教育勅語を学校で習うと

その日の学校にて
男子「お前チーン!チンチーンww」

男子「俺チーンw」

女子「やってるし男子」

女子「きもいんだけど」

思ふに…



帰宅後
男子「俺チーンw」

母親「またあんたそんなこと言って!」

男子「学校で習ったんだよ!俺ってチンって言うんだって!」

母親「? あんた何を習ったの?」

男子「きょーいくちょくごってんだよ!
なんかよくわかんなかったけど。
でも、天皇って、自分のことチンって言うんだよw」

母親「!!!!!!」



翌日、学校
RRRRRRRR(電話の音)

教師「はい、◯◯小学校です」

「子どもに教育勅語を教えていらっしゃるそうですね?
どういうつもりでやっているか
ご説明いただきたいのですが!」
「戦前の思想に洗脳させるつもりですか?」




教育勅語を取り上げたら、

特に公立学校なら
(私立なら、方針にある程度納得した上で通っているという面があるが…森友さんしかり)

現代の空気の流れを見ると

保護者が黙っていない。

必ず、一部の保護者からの強いツッコミがあるはず。

私は学校に勤めていたことがあるので実感があるが、

学校にとって、保護者の存在は結構怖いもの。

現場は朝7時〜夜9時もザラの

ブラック企業並みの世界ですから、

対応に時間を取られる点でも困るし。

極力、余計なことはやりたくないというのが、今の学校です。

教育勅語を学校で教えるなんて

藪をつついて蛇を出すこと、

今の学校がやりたがるかなあ…

私が教員ならやりたくないなあ…

しかも、あんまり、やるだけの意義なさそうだし。

教えられた小学生が大人になって

残るのは

「チン」だけ

なんてオチが待ってそう。。

教育勅語

高橋源一郎氏訳「教育勅語」
http://hiroponkun.hatenablog.com/entry/2017/03/18/235953


これを見せて

①「どう思う?」

②「私達の国はどうあるべきだと思う?」

③そのために、何をしたらいいだろう?

反論する野党よ、こんな授業もダメなの?


満場一致で「いいね!」とは言えないだろうものも

いや、そういうものこそ、

子どもたちに見せていかないと。

少なくとも私達の近い先祖がその中にいて

暗唱までしてきたものに

フタをするわけにはいかないでしょう。

バレンタインにチョコレートをあげるのはもうやめよう。

この時期に私たちが大量にチョコレートを買うことで

苦しむ人がいるのだから。


チョコレートと児童労働


やがて受験がやってくる。

「きっと勝つ」

受験のお守りのお菓子が売れる?

でもそんなものいらない。

受験のお守りお菓子をやめた方がいい理由



もちろん、好きなら買えばいい。

だが、それ以上に、なんとなく流されて買うのなら

やめよう

誰かの犠牲の上の幸せなんて幸せじゃない。

大切な人への贈り物は、

何もチョコレートとは限らない。

このページのトップヘ